中二病速報

    タグ:訃報

    1: ストラト ★ 2018/10/09(火) 10:37:19.72 _USER9
    大相撲の第54代横綱で、北の湖とともに輪湖時代を築いた輪島大士氏(本名・輪島博)が死去したことが9日分かった。
    70歳。石川県出身。

    輪島氏は、金沢高、日本大学と相撲部で活躍。
    大学時代には2年連続で学生横綱に輝くなど14個のタイトルを獲得した。
    日大卒業前の1970年、花籠部屋に入門し、同年1月場所に幕下付出で初土俵。
    幕下を2場所連続で全勝優勝して当時の最短記録で十両入りし、4場所の十両を経て、初土俵から1年で新入幕を果たした。

    1972年9月場所後に大関昇進、大関4場所目の73年5月場所を全勝優勝とし、場所後に横綱に推挙され、初土俵からわずか3年半で横綱へ上りつめた。

    輪島氏は81年春場所で引退。花籠部屋を継承したものの、金銭問題などで85年12月に日本相撲協会を退職した。
    その後はプロレスラーに転身。
    13年12月には咽頭がんの手術を受け、発声が困難な状況が続いていた。

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    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181009-00000093-spnannex-spo

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    1: 江戸領内小仏蘭西藩 ★ 2018/09/30(日) 17:35:37.99 _USER9
    半田健人(左)とのデュエット曲「かっこいいブーガルー」をキャンペーンした渚ようこさん(2006年12月撮影、都内)

     歌手の渚ようこさんが28日午前10時40分、心不全のため都内の病院で亡くなった。30日、公式サイトで発表され、報道各社にもFAXが送られた。葬儀は、遺族の意向により家族葬で執り行うといい、後日お別れ会を開く予定。

     今月24日に横浜アリーナで開催された「クレイジーケンバンドデビュー20周年アニバーサリーライブ」にゲスト出演したのが最後の姿となった。
     11月30日には四谷区民ホールで開催する毎年恒例の「渚ようこリサイタル・2018ようこズンドコ歌謡流れ旅」を控えていた。同リサイタルは中止となる。

     渚さんは山形県白鷹町出身。上京後、94年にライブイベントで歌い始め、96年にレコードデビュー。2002年、クレイジーケンバンド(CKB)の横山剣がプロデュースしたミニアルバムで注目され、04年と06年には作詞家の故・阿久悠さんの作品を集めたアルバムを2枚発表。07年に死去した阿久さんから新曲として「ふるえて眠る子守唄」を提供された。08年には閉館前の新宿コマ劇場でのリサイタルを自主興行した。
     10月24日にはCKBの横山が作詞したアナログ7インチ「渚のズンドコ節」が発売予定。

    https://www.daily.co.jp/gossip/2018/09/30/0011689402.shtml 

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    1: 朝一から閉店までφ ★ 2018/09/27(木) 22:33:07.33 _USER9
     テレビ朝日系ドラマ「相棒」シリーズの大木長十郎刑事役などで知られる俳優の志水正義(しみず・せいぎ)さんが27日、60歳で亡くなった。同日、志水さんのフェイスブックで伝えられた。

     フェイスブックでは「みなさまへ 本日 9月27日、志水正義は永眠いたしました」とつづり「ありきたりな表現ではありますが、眠るように安らかに旅立ちました。生前、みなさまには大変お世話になり、本当にありがとうございました。お礼を申し上げても足りないくらいです」と報告。

     また「通夜・告別式は執り行いますが、フェイスブックでの報告は控えさせていただきます。応援、本当にありがとうございました」と伝えている。

     志水さんは今年7月、ステージ4のすい臓がんで肝臓に転移していることをフェイスブックで公表し、闘病を続けていた。

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    https://www.oricon.co.jp/news/2120394/full/


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    1: ばーど ★ 2018/09/18(火) 13:37:54.03 _USER9
    がん闘病を公表していた元レスリング選手の山本KID徳郁さん(41)が、18日に死去した。この日、山本さんが主宰する「KRAZY BEE」の公式ツイッターで報告された。

    「山本KID徳郁を応援して下さった皆様」とし、「山本KID徳郁(享年41歳6ヶ月)が、本日9月18日に逝去致しました。生前に応援、ご支援をして頂きました関係各位、ファンの皆様に本人に変わり御礼申しげます」と発表。「尚、山本家、家族、友人への取材等はご遠慮頂き、ご配慮頂けますようお願い申し上げます」とした。

    山本さんは8月26日、自身のインスタグラムで「私事で急なご報告となりますが、私山本KID徳郁はガン治療のために頑張っています」とがん闘病中であることを公表。がんの種類など詳細は明かさなかったが「絶対元気になって、帰ってきたいと強く思っていますので温かいサポートをよろしくお願いします!」と誓っていた。

    1972年ミュンヘン五輪代表の山本郁栄氏を父に持ち、姉・美憂と妹・聖子は世界女王のレスリング一家に育った。桐蔭学園高を中退して米国にレスリング修業。アリゾナ州王者に輝くなど実績を残して帰国すると、山梨学院大時代には全日本学生選手権大会を制した。2000年シドニー五輪出場を目指していたが、果たせず01年に修斗でプロデビュー。立ち技格闘技のK―1、総合のHERO’S、DREAMで活躍した。妹・聖子は大リーグのダルビッシュ有と結婚した。

    ミュンヘン五輪に出場した父を「神」と見立て、自身を「神の子」と称していた。私生活では04年8月にモデルのMALIAと結婚し、翌年1月には男児、06年11月には女児をもうけたが、09年8月に離婚。14年11月に一般女性との間に女児をもうけたことを発表していた。格闘技では15年大みそかに現役復帰した魔裟斗と対戦し、判定負けして以来試合を行っていなかった。

    ◆山本KID徳郁(やまもと・きっど・のりふみ)1977年3月15日、川崎市生まれ。幼少時からレスリング・フリースタイルで活躍。01年に総合格闘家に転向。06年7月に北京五輪出場を目指すことを表明したが負傷により断念した。11年からUFCと契約。

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    KRAZY BEE OFFICIAL @KB_official
    https://twitter.com/KB_official/status/1041891659896639488

    2018年9月18日12時41分 スポーツ報知
    https://www.hochi.co.jp/fight/20180918-OHT1T50071.html


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    1: 豆次郎 ★ 2018/09/16(日) 16:56:39.16 _USER9
    女優の樹木希林さんが死去、75歳 2012年に「全身がん」公表

     「全身がん」を公表していた女優の樹木希林(きき・きりん、本名・内田啓子)さんが死去したことが16日、分かった。75歳だった。シリアスからコメディまでこなせる個性派俳優として活躍する一方、2012年に、がん体質であることを指す「全身がん」を公表。04年の乳がん発症以降、約20か所のがんと闘ってきたが、ついに帰らぬ人となった。

     20代からおばあちゃんを演じ、コメディからシリアスまで、変幻自在の演技で日本を代表する演技派女優として活躍した希林さんが静かに旅立った。

     2012年にがん体質であることを指す「全身がん」を本紙インタビューなどで告白。翌年2月の日本アカデミー賞では表彰式のテレビ中継で「全身がん」を改めて公表し、体調が心配されていた。

     今年8月13日に知人宅の外階段で転び、左大腿骨を骨折。娘の内田也哉子(42)に付き添われて病院に行き、15日に足にチタンを入れる手術を受けた。也哉子の夫で俳優の本木雅弘(52)は同30日に容体を説明。「全身がん」の影響で肺のあたりが弱っており「一時は危篤状態の場面もありましたが、無事に危機を回避した」と話していた。

     毒舌で開けっぴろげな性格に見える希林さんを変えたのは、やはりがんだった。最初に襲ったのは乳がん。04年に見つかり、翌年右乳房を全摘手術した。その後、腸や副腎、脊椎などにも見つかり、治療は約20か所にも及んだ。

     最初のがんから14年。人生観、死生観も変わった。「がんがありがたい」と思えるようになっていた。「私の場合、体に広がる全身がん。でもがんに感謝。経験してなければろくに『死』にも向き合わず、内田(裕也)さんのこともちゃんと理解しようと思わなかった」

     最初のがんの術後が良くなく、苦しみ、独学でがんを猛勉強した。樹木が選択したのが「体への負担が少ない」とされる放射線をピンポイントで照射する方法だった。「がんが見つかってもおっかなびっくりしない。出ればつぶせばいい。がんには必ず要因がある。生活習慣も見つめ直す。簡単に治らないからこそ、自分に客観的になれ、生き方がつましくなった」と語っていた。

     がんだけはない。03年には左目の網膜剥離を発症し、役者にとっては致命的な失明宣告を受けたこともあった。一時は視界は真っ白で何も見えない状態に。しかし医師の勧めた手術に納得できず、拒んだ。しばらく様子を見ていると、少し視力が戻る奇跡が起きた。「人間には医師も理解できない不思議な自然治癒力があるのよ」が口グゼだった。

     日本を代表する女優の一人でありながら、マネジャーなしでスケジュールも出演料も、すべて自分で管理し、決めていた。この理由も「社員を抱えると責任を感じる」と自身の病気が背景になっていた。「でも何の痛痒も感じない。一人で何ら困ったことはないわ」と答えていた。

     夫のミュージシャン、内田裕也とは別居しながら暮らす独特の夫婦関係を続けた。夫が、芸能界を騒がせた時も「私は逃げ隠れするのが一番嫌だから」と、率先してマスコミ対応し、説明に当たったことも。離れて暮らしながらも、心の中で夫を思い続けていた。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180916-00000170-sph-ent

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    1: マイメロディ ★ 2018/09/03(月) 13:44:18.61 _USER9
     アニメ「サザエさん」で磯野フネ役の声を、1969年の放送開始から2015年まで46年間務めた声優の麻生美代子さんが8月25日、老衰のため死去した。92歳。東京都出身。

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    https://this.kiji.is/409204991506662497?c=39550187727945729 


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    1: 江戸領内小仏蘭西藩 ★ 2018/08/27(月) 19:36:05.29 _USER9
    さくらプロダクションからお知らせです。

    2018/08/27 19:30

    さくらももこは、平成30年8月15日午後8時29分、乳がんのため永眠いたしました。(享年53)

    これまで温かい応援をして下さったファンの皆様、お世話になりました関係者の皆様に深く感謝致しますとともに、ここに謹んでご報告申し上げます。

    さくらは1984年に漫画家としてデビュー。30周年を迎えた際、次のような言葉があります。

    「30年間、良い事も大変な事もいっぱいありましたが、私は作家としてとても幸せな月日を送らせていただいています。感謝にたえません。」(『さくらももこの世界展』「デビュー30周年を迎えて」より抜粋)

    作品を描けること、それを楽しんで頂けることをいつも感謝していました。

    これからも皆様に楽しんで頂けることが、さくらももこと私達の願いであり喜びです。

    なお、通夜・告別式は、ご遺族の意向により親族・近親者のみにより執り行われました。

    さくらプロダクションスタッフ一同

    平成30年8月27日

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    https://lineblog.me/sakuramomoko/archives/67300025.html 


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