タグ:訃報

    1: シャチ ★ 2018/02/21(水) 20:35:26.33 _USER9
    「ソナチネ」や「HANA―BI」など、北野武監督(71)の映画をはじめ、数多くの作品で存在感を示した
    俳優の大杉漣(おおすぎ・れん、本名大杉孝=おおすぎ・たかし)さんが21日、急死した。66歳。徳島県小松島市出身。

     死因など詳細は不明。名バイプレーヤーの突然の悲報は芸能界を衝撃に包んだ。

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     スポニチアネックス 
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180221-00000138-spnannex-ent 


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    1: 湛然 ★ 2018/02/12(月) 05:01:24.56 _USER9
    川地民夫さん死去…79歳、脳梗塞 菅原文太さん相棒「まむしの兄弟」

     日活のアクション映画や、故菅原文太さんと共演した東映「まむしの兄弟」シリーズなどで活躍した俳優の川地民夫(かわち・たみお、本名河地猛=かわち・たけし)さんが10日午後4時59分、神奈川県横須賀市の病院で死去した。79歳。同県逗子市出身。脳梗塞で倒れ、家族の祈りも届かなかった。三枚目もこなすかっこいい二枚目スターだった。

     また一人、昭和の銀幕スターが旅立った。スポニチ本紙の取材では、川地さんは2週間前に逗子市内の自宅で倒れた。ソファに座っていたが、夫人が声を掛けても反応がないため、救急車で緊急搬送。そのまま一度も意識が戻ることなく、10日に夫人や親友に見守られて死去した。60年来の友人の男性(77)は「苦しむことなく、眠るように息を引き取った」と明かした。

     3カ月前に脳梗塞で倒れ入院。その1カ月後にも脳梗塞を起こして1週間入院した。退院後は自宅近くをつえを突いて散歩ができるまでに回復していた。酒とタバコが大好きで、夫人や友人に「やめなさいよ」と何度言われても、かたくなに最後までやめなかったという。

     逗子の家の隣に住んでいた石原裕次郎さんの勧めもあって大学1年生の時に日活に入社。1958年に映画「陽のあたる坂道」で裕次郎さんの弟役でデビューした。その後、小林旭(79)、沢本忠雄(82)との「三悪トリオ」として売り出した。当時の日活では裕次郎さんの“タフガイ”、二谷英明さんの“ダンプガイ”など“ガイ”が付くとスターの証となったため、「“僕たちは何ガイ?と聞きに行ったら“問題ガイ”だって」とテリー伊藤との雑誌の対談で明かしていた。

     日活退社後は文太さんとのコンビで「まむしの兄弟」シリーズ9作に出演。他にも時代劇や2時間ドラマにも数多く出演し、昨年もフジテレビ「トクチョウの女~国税局特別調査部~」で元気な姿を見せていた。

     逗子でバーを経営しており、最近まで店に立って映画界の裏話を気さくに話して客を喜ばせていた。友人は「とても優しく、みんなから愛された。自分の好きなことを最後までやり続けて、人生をしっかり楽しまれたと思う」としのんだ。

     一般女性、死別した宝塚歌劇団の麻生薫さん、そして日本とフランス系米国人のハーフの現夫人と3度の結婚歴がある。

     ◆川地 民夫(かわち・たみお、本名河地猛=かわち・たけし)1938年(昭13)7月21日、神奈川県逗子市出身。日活退社後は、東映への出演が多く、「仁義なき戦い」などの映画に出演。舞台ではミヤコ蝶々さんの相手役として長年出演。2006年、芸能生活50周年を記念し、「東京港」で歌手デビューした。

    川地民夫さん
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    スポニチアネックス
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    1: たんぽぽ ★ 2018/02/04(日) 19:09:26.39 _USER9
    「レツゴー三匹」のメンバーとして活躍したタレント・レツゴー長作=本名・長原誠=さんが1日午後8時35分、肺がんのため亡くなった。75歳。所属の松竹芸能が4日、マスコミ各社にFAXで発表した。

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    デイリースポーツ 
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180204-00000113-dal-ent 


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    1: 湛然 ★ 2018/02/01(木) 05:02:45.07 _USER9
    「ET―KING」いときんさん死去 38歳 昨年8月肺線がん公表

     大阪を拠点に活動する人気ヒップホップグループ「ET―KING」のリーダー、いときん(本名・山田祥正=やまだ・よしまさ)さんが31日、大阪府和泉市内の病院で死去した。38歳。兵庫県三田市出身。昨年8月にステージ4の肺腺がんであることを公表し、治療に専念していた。

     「ギフト」「愛しい人へ」などのヒット曲を持つ浪速のブルースマンが病の前に力尽きた。関係者によると、1月中旬に夫人に心臓の痛みを訴えて病院に緊急搬送されたという。心臓に水がたまっており心肺停止の状態で、30分間の心臓マッサージで一時持ち直したものの、意識が戻らず家族が看護を続けていた。

     いときんさんは昨年6月の定期健診で異常が見つかり、7月に細胞検査を受けたところステージ4の肺腺がんと診断された。本人に自覚症状はなかったが、脳とリンパ節への転移も判明。8月に病気を公表した。抗がん剤治療は受けず、自宅療養などを続けていた。最近は免疫力を上げるため体力づくりにも励んでいたという。

     ET―KINGは、これまでになかった関西弁を使ったヒップホップで人気を博した。いときんさんはメインライターの一人でもあり、リーダーとしてグループを引っ張った。入院後も病室に音楽機材を持ち込んで曲を作った。4月25日発売の新アルバム「LIFE」で全曲のレコーディングに参加しており、闘病中も音楽への情熱を燃やし続けた。

     豪傑で酒豪、おとこ気にあふれる一方で、繊細で情に厚いことでも知られた。知人は「曲作りに強いこだわりがあった。歌詞の一つ一つに哲学があった。すてきな曲をもっと世に出してほしかった。本当に残念です」と肩を落とした。

     昨年12月28日に大阪で行われた全国ツアー最終公演が最後の公の場となった。1500人のファンを前に「力もらえました、生きるで。ありがとう」と感謝を口にしていた。音楽関係者は「あまりにも突然のことでショックだ。ライブに出たのはどうしてもファンに気持ちを伝えたかったのだと思います」と話した。

     99年にデビューしたET―KINGは2014年4月に活動を休止。同年9月には、上原多香子(35)の夫だったメンバーTENNさんの自殺という悲しみに見舞われたが、それを乗り越え、15年にメンバー6人で活動を再開していた。

     ◆いときん(本名山田祥正=やまだ・よしまさ)1979年(昭54)3月3日生まれ。兵庫県三田市出身。旧芸名はイトキン。高校卒業後、97年に大阪の福祉専門学校に進学。99年に大阪でTENNさん、KLUTCHとET―KINGを結成。その後にBUCCI、センコウ、DJBOOBY、コシバKENが加入した。2007年の「愛しい人へ」はデジタル配信で100万ダウンロードを突破するなど大ヒットとなった。

    死去した「ET―KING」のリーダーいときんさん
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    スポニチアネックス 
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    1: あちゃこ ★ 2018/01/19(金) 01:52:08.22 _USER9
     「青春とはなんだ」など1960年代の青春学園ドラマの先駆け的作品に主演し「Gメン’75」などダンディーな二枚目俳優としても活躍した夏木陽介(なつき・ようすけ、本名・阿久沢有=あくさわ・たもつ)さんが14日に腎細胞がんのため都内の病院で死去した。19日未明、夏木さんのブログで発表された。81歳。東京都八王子市出身。ラリードライバーとしても知られた。

     昨年8月9日までブログで近況を報告していた夏木さんだが、その後は更新がなくファンを心配させていた。関係者によれば、今月14日に息を引き取ったという。

     2009年に軽い脳梗塞を起こし、翌10年3月には左腎臓にがんが見つかって摘出手術を受けるなど、この10年ほどは病気との付き合いが続いた。

     それでも一昨年には東宝のOBたちが集う会に元気な姿を見せ「自分の生まれた年(36年)に製造されたクラシックカーで北京―パリ間を走るレースに参加したい」と話すなど、穏やかな日々を送っていた。

     事務所関係者によれば、昨年11月に肺炎で入院。回復して退院したが、翌12月に再び体調を崩して再入院。今年に入って一進一退を続け、14日に親族にみとられて亡くなった。

     夏木さんは58年に東宝に入社し、黒澤明監督の「用心棒」などに出演。映画界の斜陽化が進むと、テレビに重心を移し、65年にドラマ「青春とはなんだ」に教師役で主演。これが好評で、翌66年には映画
    「これが青春だ!」にも波及。一連の作品は学園ドラマの先駆けとなり、夏木さん自身もスターの階段を駆け上がった。その後、「用心棒」で共演した三船敏郎さんに請われて三船プロに入り、TBS「Gメン’75」(75~79年)
    などドラマを中心に活躍した。

     事務所スタッフは「三船敏郎さんを尊敬しており、“用心棒”で共演できたことを誇らしく思っていました」としみじみ。俳優仲間で12年に亡くなった佐藤允さん(享年78)の追悼本を出版しようと佐藤さんの息子と相談していたところだったという。

     有名な自動車好きで、ラリードライバーとして85年と86年にダカール・ラリーに出場。87年から93年までは「チーム三菱・シチズン夏木」の監督を務め、ドライバーとして8年間のブランクがあった篠塚建次郎(69)を起用。
    参戦初年に総合3位となって注目を集め「パジェロ・篠塚・パリダカ」が浸透。篠塚はその後、日本人初の優勝者となった。

     82年に個人事務所「夏木プロダクション」を設立し、賀来千香子(56)ら後進の育成にも力を注いだが、14年に高齢を理由に事務所を解散。15年に「オフィス夏木」を設立して仕事を続けていた。生涯独身を通した。
    葬儀は近親者のみの密葬で執り行うという。

     ◆夏木 陽介(なつき・ようすけ)1936年(昭11)2月27日生まれ、東京都八王子市出身。明治大学在学中にモデルにスカウトされ、58年の卒業後に東宝に入社。同年、映画「美女と液体人間」でデビューし、石原慎太郎氏が監督した「若い獣」や黒澤明監督「用心棒」など話題作に続々と出演。ドラマ「青春とはなんだ」「荒野の用心棒」「Gメン’75」などでも活躍した。近年はテレビ朝日「スシ王子!」や、フジテレビのバラエティー「アウト×デラックス」に出演し話題になった。

    スポニチ
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    1: サイカイへのショートカット ★ 2018/01/09(火) 20:26:26.71 _USER9
    ギタリスト・藤岡幹大さん死去、36歳…BABYMETALのバックバンドで活躍

     メタルダンスユニット「BABYMETAL」のバックバンドなどで活躍していたギタリストの藤岡幹大さんが、5日に亡くなっていたことが9日、分かった。36歳だった。

     藤岡さんのツイッターに「訃報のお知らせ ギタリスト藤岡幹大が平成29年12月30日に天体観測中高所から落ち療養の最中、平成30年1月5日夜容態が急変し娘2人に見守られながら享年36歳で永眠いたしました。ファンの皆様、関係者様、全速力で生きた彼のことを今後も愛して頂けたら幸いです。ありがとうございました。妻」と投稿された。

     ファンからは「楽しそうにギターを弾いている藤岡さんが好きでした」「言葉が無いです…」「嘘だ、信じたくない」など突然の訃報に悲しみのコメントが寄せられている。

    スポーツ
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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180109-00000158-sph-ent 


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