中二病速報

    タグ:島田紳助

    1: Egg ★ 2018/12/18(火) 17:41:35.70 _USER9
    お笑い界を揺るがす暴言騒動に、ついにこの人が沈黙を破った――。業界を去って7年になる島田紳助(62)である。

     とろサーモンの久保田かずのぶ(39)、そしてスーパーマラドーナの武智(40)が暴言を吐いた上沼恵美子(63)について、週刊新潮は先週号で“島田紳助が口説いて審査員を頼んだ”というエピソードを紹介した。M-1グランプリを企画し、初回から大会委員長として審査員も務めていたのが、ほかならぬ紳助氏。それだけに暴言を放っておけない事情があるのだ。

    「いま、こういう形で上沼さんに迷惑がかかってもうて、ホンマ申しわけない気持ちでいっぱいです」

     記者を自宅に招き入れた紳助氏は、タバコをくゆらせながらそう語り始めた。髪は肩にかかるほど伸びている。

    「オレも辞めてからは(上沼と)全然連絡とってませんでしたし、M-1も最近は見てなかったから、ニュース見てあらためて、ずっとやっててくれたんやなって思いました。自分のせいで気分悪い思いをさせてしまって、ホンマ申しわけないですわ」

     そもそも審査員は、誰もやりたがらない、という。

    「陰で審査するんやったらみんな出んねんけど、自分が点数出してほかの人のとちがったりしたら、『こいつわかってない』って思われるわけでしょ。『なんでいくらもせんようなやっすいギャラで、こんなことせなあかんねん』と。オレがM-1やってたときは、『この人を当たってくれ』ってスタッフに頼んで、方々にお願いしてたんやけど、もう、個人的にお願いしないと、出てくれないんですよ」

     にもかかわらず上沼が審査員を続けてきたのは、「漫才への恩返しやと思ってやってくれてるんや」。若手が酔って審査員の悪口を言うのはいい、ただしそれは陰で言え、と紳助氏はいう。

    「上沼さんのことはオレも気になっててね。オレが謝りに行かなあかんのかなって。もし、上沼さんの悪口言ってた子たちを直接知ってたら、上沼さんとこに謝りに連れて行くんやけど、知らんからどうしようもないな。吉本の会社の人間が間に入ってやらな、どうにもならへんのとちゃいます?」

     ほかにも、M-1の点数公開システムにこだわった理由や、そもそもなぜ創立したのか、そして漫才への思いについても語った紳助氏。12月19日発売の週刊新潮で、詳しく掲載する。

    「週刊新潮」2018年12月27日号 掲載

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    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/15758015/

    【【週刊新潮】引退7年「島田紳助」“M-1上沼騒動”を語る「オレが謝りに行かなあかんのかな…」 】の続きを読む

    1: 砂漠のマスカレード ★ 2018/12/08(土) 07:33:15.57 _USER9
    「今でも月に1、2回はうちに来てくれます。ただ、今は淡路島での庭いじりが忙しいみたいで……」

    そう語るのは、島田紳助(62)の実母だ。

    11年に芸能界を引退。現在はたまに週刊誌で報じられる以外、ほとんど動向が伝わってこない紳助。そんな彼の現在について、親友の1人はこう語る。

    「引退後はヨーロッパやハワイなど、世界各地へ旅行に出かけていました。大好きな沖縄にも、何度も行っていました。
    しかしそんな生活にも飽きたみたいです。今は淡路島に別荘を買って、そこの庭を仲間たちとイチから作り直しています」

    芸能界引退から7年。悠々自適な放浪生活を送ってきていた紳助だが、ここへきて変化があったよう。“別宅建築”に精を出しているという。

    「真っ黒に日焼けしながら、買ってきた石やレンガを並べたりして……。それが、何より楽しいようです。どこに行くかより、誰といるかが大事だと気づいたのでしょう」(前出・親友の1人)

    世界放浪の末にたどり着いたのは、「仲間たちとすごす楽園」だった!

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    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181208-00010000-jisin-ent


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    1: プーアル ★ 2018/10/11(木) 22:47:10.89 _USER9
    バラエティ特番「オールスター後夜祭2018秋」(TBS系)が放送された去る10月6日。同番組にて、MC・有吉弘行の行動がネットで話題を集めたという。

    「番組のCM明け、キングオブコント王者のお笑いトリオ・ハナコに、有吉が怒りの表情で詰め寄る姿が映し出されました。これは09年に放送された『オールスター感謝祭』の生放送中、当時の司会者・島田紳助氏が、挨拶のなかった東京03に対して激怒した事件をパロディにしたもの。このパフォーマンスにはバラエティファンから称賛の声が飛び交いました」(テレビ誌記者)

     放送後、有吉は10月7日のラジオ番組「有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER」(TOKYO FM)にて、「パロディをやったわけだけども、それでもマジだと思ってるヤツがいるだろうなって思ったの。そういうバカがいるんだろうなって思うと不思議な世の中になったなぁって」と、本気の怒りだと捉えてしまう一部の視聴者に警鐘を鳴らした。

     そんな中、10月6日放送のラジオ番組「土曜ワイドラジオTOKYOナイツのちゃきちゃき大放送」(TBSラジオ)では、島田時代における「オールスター感謝祭」の恐ろしさを、ナイツが暴露したという。

    「過去に『オールスター感謝祭』に出演していた塙宣之によると、島田氏は芸人たちに向かって『クイズで1等賞をマジで狙ってるヤツ、ありえねえからな!』と本気で怒っていたそう。芸人たちは賞金が欲しいという気持ちがあるものの、島田氏を恐れているため、後半はわざとクイズを間違えて、俳優が1位になるよう調整していたとのことです」(前出・テレビ誌記者)

     当時、多くの芸人たちから恐れられていた島田氏。しかし彼が引退したことで、今ではパロディや暴露ができる環境になっているようだ。

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    https://www.asagei.com/excerpt/113931

    【「東京03事件」よりヤバい島田紳助の恫喝をナイツが暴露!】の続きを読む

    1: 砂漠のマスカレード ★ 2018/09/07(金) 07:07:30.54 _USER9
    いよいよ老境に入った!?

    肩までの“セミロング”ヘア。全身を締め上げるような筋肉。
    2011年の引退から7年が経過したが、全盛期のスーツ姿とは全く違う。島田紳助(62)の話だ。
    芸能界を引退して以来、滅多に公の場に姿を現さない島田の最新インタビューを「デイリー新潮」がお届けする。


    8月31日、大阪の心斎橋にあるライブハウスは満員だった。歌っているのはRYOEI(37)。
    シンガーソングライターだ。そのステージに島田も登場すると、会場からは大きな拍手と歓声が沸き起こった。

    島田とRYOEIは10年を超える交友を持つ。仕事を通じて知り合い、当時の島田が司会を務めた人気番組「クイズ! ヘキサゴンII」(2005~11/フジテレビ系)に参加させたり、RYOEIのシングルを島田がプロデュースしたりした。

    2人の関係が注目されたのは14年8月。引退から一度も公の場に姿を現していなかった島田が、RYOEIのライブにサプライズ出演したのだ。少なからぬメディアが「芸能界復帰の布石?」と大きく報じた。

    かのように、既に報道済ということもあってか、今回は堂々と「島田紳助プロデュース? RYOEI 9th Anniversary LIVE ~大改造計画の巻~」と銘打ってライブが開催された。参加した記者が振り返る。

    「開演は午後7時でしたが、300席を超える観客席は、ほぼ満席でした。しばらくすると5人のバックバンドがイントロを流し、アコースティックギターを抱えたRYOEIが登場してライブが始まりました。
    MCでは『紳助さんがプロデュースです』と改めて説明し、ポーク卵おにぎりを差し入れてくれたエピソードなどを披露していました」

    ライブが幕を開けてから、およそ1時間後、RYOEIが「島田紳助さんでーす」と呼びかけ、ご本人が登場した。

    「白いポロシャツに、ピンクのハーフパンツ、白いスニーカーというコーディネートでした。ステージに現れると、もの凄い拍手と歓声でしたね。
    正直なところ、RYOEIの時より大きかったと思います。
    まだまだスター性は失われていないと再認識させられました」(同・記者)

    それからステージの上でRYOEIとフリートーク。
    島田の話芸は全く衰えていない。全盛期と遜色ない。たちまち会場は爆笑に包まれる。
    様々な芸人の名前が飛びだしたのだが、例えば「ザ・ぼんち」のボケ担当、ぼんちおさむ(65)だと、こんな具合になる。

    「悪口っていうのは、アホでない人をアホと言うのが悪口。
    だから、『ぼんちおさむさんはアホや』いうのは報道、事実。先輩ですけどね、この間も『お前、俺のこと先輩やと思ってないやろ』って、
    『いや、兄さん言うてますやん』言うたら、『お前は兄さんって言いながら、“兄さん、ジュース買うてきて”と言う』」

    芸人としての魂・技術は依然として健在だ。観客の一人を「梅宮辰夫(80)を水洗いしたような顔」、「なんか縮んでる」などと弄りまくると、客席の笑いは止まらなくなった。

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    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180907-00548296-shincho-ent


    【【引退から7年】ホンマ、平和な日々ですわ 庭いじりで日焼け「62歳 島田紳助」隠居生活を語る 】の続きを読む

    1: ひかり ★ 2018/06/23(土) 20:37:23.94 _USER9
     タレントの上地雄輔が23日、カンテレ「おかべろ」(土曜、後2・27)に出演し、2011年に芸能界を引退した島田紳助さんの近況を明かした。
    自身の誕生日パーティーを自身で企画し、司会も務めたそうで、上地は「すごい楽しそう」と明かした。

     「おかべろ」のMCのナインティナイン岡村隆史が上地に「紳助さんと今でも連絡とってる?」と尋ねた。紳助さんはフジテレビの番組「クイズ!ヘキサゴン2」で
    司会を務め、上地は「ヘキサゴンファミリー」として人気上昇につながった。

     上地が連絡をとっていることを明かすと、岡村が紳助さんの近況を問うた。上地は「…すっごい楽しそう」と答え、共演者の笑顔を誘った。岡村が
    「大阪でカラオケスナックか…」と話すと、上地は「カラオケバー」と訂正した。

     岡村は、紳助さんがバーで司会をやっているのではと人づてに聞いた話を上地に尋ねた。上地はアルバムを発売する報告を兼ねて紳助さんの誕生日会に
    出席したことを明かした。その時のエピソードとして、「紳助さんの誕生日会を、紳助さんが企画して紳助さんが司会もして」と話すと岡村は
    「ええ!めちゃくちゃおもしろいな、それ」と参加したそうな口ぶり。

     上地は「しかも最後、自分の出し物もありますし。リハーサルもやってます。スタジオまでおさえてしっかり仕込んでやってます。司会するときも白塗りで。
    成りきってやってます」と紳助さんの最近の様子を語った。

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    デイリースポーツ
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180623-00000138-dal-ent

    【島田紳助さん 大阪のカラオケバーで司会 上地雄輔が明かす「すっごい楽しそう」 】の続きを読む

    1: ひかり ★ 2018/05/27(日) 17:31:57.69 _USER9
     明石家さんま(62)が27日、MBSで放送された「明石家さんまが語り継ぎたいレジェンド芸人20人」に出演。2011年8月に暴力団との交際を理由に芸能界を引退した島田紳助さん(62)の復帰計画を吉本と練っていたが、紳助さんと吉本の意見の違いで頓挫(とんざ)したことを明かした。

     紳助さんについては、12年の新春会見で、大崎洋社長が自ら紳助さんの復帰について触れ、「皆さまのご理解をいただければ、いつの日か吉本に戻ってきてもらえると信じている。これは全社員、全タレントの思いです」と語っていた。この発言を受け、紳助さん復帰説がにわかに現実味を帯びたのは事実だ。

     さんまはこの日の番組で、引退後は「一切連絡とってない」という同期の紳助さんについて、「これはテレビで放送できひんと思うけど…」と迷いながら切り出し、「吉本と紳助と俺と、(紳助が)帰ってくる準備、俺はしててんけども」と復帰の準備をしていたことを打ち明けた。

     しかし、「本人と会社の意見の違いで、予定通りいかなかった」と紳助さんと吉本の意見の相違があり、最終的には実現しなかったことを明かした。

     さんまは紳助さんの引退後、ラジオ番組で「犯罪を起こしたわけやないんやから」と盟友をフォローする発言をしていた。

     なお、さんまと同様、紳助さんと同期で、引退後も交流がある大平サブローは「マッチョやで。(体)鍛えて、ムッキムキ。髪の毛伸ばして、すごいよ」と近況を報告していた。

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    デイリースポーツ
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180527-00000119-dal-ent

    【さんま 紳助さんの復帰計画していた 吉本と本人の意見相違で頓挫 】の続きを読む

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