中二病速報

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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/07/05(日) 16:35:22.79
    石田純一 マスクなしでバッティングセンター、打席立たず

    東京都の新型コロナ感染者が60人に達し、“第2波”の声も聞こえ始めた6月末の日曜日、都内のバッティングセンターに1組の親子の姿があった。

    「石田純一さん(66才)が、長男の理汰郎くん(7才)を連れてきていたんです。お客さんに話しかけられると、笑顔で応えていました。すっかり元気そうで、安心しました。でも、ここでもマスクはしていなかったなぁ(苦笑)」(居合わせた客)

    4月、緊急事態宣言下に沖縄県のゴルフ場で体調を崩し、帰京後にコロナ感染が発覚。
    自覚のなさがバッシングの的になったにもかかわらず、回復後の“快気祝い”ではマスクを外して酩酊。
    こうした“失態”続きが影響したのか、冠番組も降板となった。

    「奥さんの理子さん(44才)に厳しく叱られたのはもちろん、お義父さんの東尾修さん(70才)にも“お前のせいで肩身が狭い”と絞られて、さすがに反省しきりのようです」(石田の知人)

    この日、息子を連れてバッティングセンターを訪れたのは、禊の「家族サービス」だったのかもしれない。

    理汰郎くんは野球センス抜群で、将来有望との声もある。
    石田も野球経験者で、高校時代はエースで4番。当然、息子にアドバイスを送るのだろうと思いきや…。

    「石田さんは理汰郎くんがバッティングしている最中、店内に設置されたテレビの前で、腕組みをしたままプロ野球中継に見入っていました。理汰郎くんも石田さんのことはまったく気にせず、熱心にボールを打っていました」(前出・居合わせた客)

    “親子鷹”という言葉があるように、自分と同じ道に進んだ子供を親が指導するのは、スポーツの世界ではよくある話。
    だが、石田は“教えたい気持ち”をグッと抑えているという。そして、石田がバッターボックスに立つことはなかった。

    「石田さんは東尾さんから、“野球選手としては2流、3流なんだから教えたらダメ”と忠告されたことがあるんです。東尾さんは元プロ野球選手でスーパースターでしたから、当然反論できない。以来、野球について口出しするのをがまんしているようです」(前出・石田の知人)

    まずは、家族の信頼回復に努めている石田だった。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/b5fad56c43ffc26ae1be6772d885b6281a2a0b50

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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/07/02(木) 23:30:42.62
    少し歩けばすぐそこに幹線道路が走り、カフェやギャラリー、ヘアサロンとセレクトショップが集まる、眩しい都心のど真ん中。
    だが、その一角は歴史のある高級住宅地らしく落ち着いた雰囲気で、入り組んだ細い路地に、新旧さまざまな年代の一戸建てが建ち並ぶ。

    一際目を引くのが、梅雨の晴れ間の強い日差しをすべて吸い込むような、漆黒にベタッと塗られた広い壁。その地上3階建ての堂々たる豪邸は、バナナマン設楽統(47才)のマイホームである。近隣住民の話だ。
    「つい最近、設楽邸の地盤を支える、コンクリートブロックで造られた『擁壁』を取り壊さなければならなくなったそうです。せっかくのこだわりのデザイナーズハウスなのに、その建築の経緯を巡って、長らくご近所とトラブルを抱えていたみたいです」

    振り返れば、設楽の豪邸が落成したのは2017年12月のこと。
    「高級時計のコレクションやお笑いライブのグッズの完成度の高さで知られる“オシャレ人間”の設楽さんだけに、マイホームには徹底的にこだわりました。
    スペインにも事務所を持つ有名建築家がデザインし、室内にはエレベーターや広い吹き抜けがある凝ったつくりで、細部にこだわりすぎて計画よりも竣工が遅れたほどだったそうです。
    かかった費用も“超一流”で、40坪の土地だけで3億円、上物を合わせると4億円近くという大豪邸です」(芸能関係者)

    自宅建築中の2017年11月、設楽は自身のラジオ番組でこう語っている。
    「値段はさておきさ、大量な金額なわけじゃん。35年ローンでさ。そうすると80才近くまでで、おれ大丈夫かなと思うじゃん。サラリーマンで、“毎月安定していくらもらう”とかじゃないしさ」

    社会人生活を経て、1993年から芸人活動をスタートさせた設楽。その下積み生活は決して短かくなく、彼にとってマイホームは悲願だった。
    「当時は風呂なし、共同トイレのプレハブのようなアパートに住んでいた設楽さんが、情報番組『ノンストップ!』(フジテレビ系)の司会者になってようやく建てた家です。
    19才のときに交際を始めた夫人は、設楽さんをこれまで支えてきたので『妻のためにも』という思いがあったでしょう。相方の日村勇紀さん(48才)も『ガチで感慨深いよ、家を建てたのって』と感極まっていました」(前出・芸能関係者)

    だがまさに豪邸の建築中に、トラブルが発生していた。
    設楽邸の隣に、3階建てのビルが建つ。黒一色の設楽邸とは対照的に真っ白の外壁が目を引く新築の建物で、カフェや美容院などのテナントが入居している。

    そのビルと設楽邸の間には、高さ80cm、幅10cm、奥行き20mほど、コンクリートブロックが設置されている。
    「そのブロックの『擁壁』がトラブルのもとなんです」と語るのは、設楽邸に隣接するビルの関係者だ。

    「そこはもともと一区画の宅地で、分筆した土地を設楽さんとビルのオーナーが購入して、それぞれの建物を建てたんです。2017年の初め、先に建物を建て始めたのは設楽さんでした。
    その際、土地の売り主が境界標(土地を区別する目印)をもとに『境界線がわかりやすいように、ブロックを積んでおきます』とビルのオーナーに伝え、ビル側の土地の内側に目印のブロックを2段ほど積んだそうです。
    “ここからこっちはビルの土地なので、工事でも入らないでください”という意味で置かれ、境界標と照らし合わせても、明らかにビル側の土地にありました」

    だが、その目印のブロックが置かれた領域が、なぜか設楽の自宅の一部になっていたのだ。
    「工事が進むとそのブロックは取りのぞかれ、その場所には設楽邸の基礎を支える『擁壁』が造られていました。慌てたビルのオーナー側が設楽さんの建築業者に『こちらは私たちの土地です。
    擁壁を崩してください』と何度要望しても一向に問題は進展しなかった。困り果てたオーナー側は設楽さんの所属事務所に連絡をしたそうです」(建設業界関係者)

    すると後日、設楽の事務所関係者からビルのオーナー側に連絡があったという。
    「ようやく話が進むかと期待したそうですが、設楽さんの事務所関係者は、『設楽は何も知りません。今後、設楽と接触しないでください』と言うばかり。そのため話がますますこじれてしまったようです」(前出・ビルの関係者)

    NEWSポストセブン
    https://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0702/sgk_200702_5762573205.html 

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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/06/11(木) 21:44:01.23
    感染リスクに怯えながら電車に揺られ、密集するスーパーで買い物──ここ最近、そんな「3密」な都会暮らしを避け、地方暮らしを希望する人が増えてきているという。そんな憧れの生活を、薬師丸ひろ子(56才)はすでに送っていた。トップ女優の意外な素顔。

    東京から車で2時間。落葉広葉樹に囲まれたその土地は、一年を通じて豊かな四季を感じられる。

     6月上旬、都内が30℃を超える真夏日でも、その地の最高気温は20℃ちょっと。新緑が目に眩しい昼下がり、色とりどりの別荘が点在する林間の小道を、向こうから男女ふたりが、ほどよい距離で並んで歩いてきた。

     その女性は、現在放送中のNHK連続テレビ小説『エール』で、ヒロイン・音(二階堂ふみ)の母親・関内光子を好演する薬師丸ひろ子(56才)だった。

    「薬師丸さんは2013年に大ヒットした『あまちゃん』に次ぐ2度目の朝ドラ出演を楽しんでいるようです。歌手になるという夢を持つヒロインが熱唱するシーンの収録では、『歌声を聴いていて、私も歌いたくなっちゃったわ』とおどけていましたよ」(ドラマ関係者)

     薬師丸は過去にインタビューでこう語ったことがある。

    「私は実生活で母親になった経験がありませんから、固定観念がないぶん、母親役を自由に演じられるんです」

    『エール』では、子供がまだ幼いときに事故で夫を亡くし、女手ひとつで3人娘を育てる、強くて優しいシングルマザーの役どころだ。

     時に「女が男に黙って従う時代じゃないで!」と男性にタンカを切る強い女性。時に「お父さんは、目には見えないけれど、ずっとあなたたちのそばにいる」と涙ながらに娘を励ます母親。家業の馬具製造を苦労しながら切り盛りし、娘の成長にも真っ直ぐ向き合う光子の姿に、「朝から泣けてしょうがない」(50代主婦)という声も少なくない。

     柔和な表情の中にも強い芯を感じさせる女優・薬師丸のハマり役なのだろう。

    ◆自宅には昼夜問わずファンが殺到した

    ドラマではリアルな演技を見せる薬師丸だが、プライベートをあまり表に出さない女優としても知られている。

     1964年に東京・港区で2人姉妹の次女として生まれた薬師丸は、14才にして映画『野性の証明』でスクリーン・デビュー。1981年には代表作となる名作『セーラー服と機関銃』のヒロインを務め、主題曲で歌手デビューを果たすと、その曲は160万枚を超えるメガヒットを記録した。

    「清純派女優として人気が爆発し、角川映画の看板女優へと駆け上がりました。そのため、自宅には昼夜を問わずファンが殺到しました。学業への支障を恐れた母親は、父親を自宅に残したまま薬師丸さんを連れて家を出て、当時薬師丸さんが通っていた高校の近くに引っ越したほどでした。

     自分のせいで両親が離れ離れに暮らすことが心苦しかった薬師丸さんは、20才で独立して個人事務所を立ち上げ、家族と一緒に暮らすため横浜に豪邸を建てたそうです」(芸能関係者)

     1991年、27才で玉置浩二(61才)と結婚して芸能界をセミリタイアするも、1998年に離婚。当時、薬師丸の誕生パーティーの席上で玉置が「今日で別れます」と前代未聞の離婚宣言をしたことが、スキャンダラスに報じられた。

    「離婚後に薬師丸さんは芸能活動を再開しましたが、恋愛話については口をつぐむようになりました。玉置さんがその後も派手な恋愛で世を賑わせ続けたのとは対照的に、薬師丸さんはあえて私生活を封印しているようにも見えました」(前出・芸能関係者)

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200611-00000009-pseven-ent

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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/05/27(水) 17:26:24.75
    女子プロレスラー・木村花さん(享年22)が5月23日、急逝した。花さんは、昨年5月にスタートした恋愛リアリティー番組『テラスハウス』(フジテレビ系)の新シリーズに途中から出演。プロレスでのヒール役のイメージのまま、同番組の中でも、強気で、まっすぐで、感情的な姿を見せていた。そうした振る舞いが放送されるたびに、SNS上には彼女を批判する言葉が並んだ。

    そして、今回の不幸の引き金になったとされるのが、番組内で起きた“コスチューム事件”だった。

    花さんが「命の次に大切」と語っていた、リングで着るコスチュームが入ったままの洗濯機を、ほかの出演者が誤って使ってしまう。乾燥機にかけられ、コスチュームはよれよれに縮んで着られなくなってしまった。花さんは激怒し、共演者の帽子をはじき飛ばし罵声を浴びせた。

    その様子を見ていた視聴者が反発し、SNSに「テラハ史上いちばん最低なメンバーだと思いました」「花死ね」などと書き込み、乾燥機にかけた共演者が番組を去ることが決まると「そっちがいなくなれ」などとダメ押しが加わった。

    「『テラハ』はフジテレビが制作しており、Netflixで配信された約1か月後にフジテレビ(地上波)でも放送されます。コスチューム事件が3月末にネット配信された時点で大炎上していましたが、5月18日に地上波でも同じ内容が放送されるとバッシングがエスカレート。翌日には未公開映像まで公開され、火に油を注ぐような格好になり、番組史上最大の誹謗中傷の嵐が巻き起こったのです」(テレビ局関係者)

    現在も『テラハ』の制作にかかわる番組スタッフはこう話す。

    「彼女が命を落とすまで、SNSでの誹謗中傷と真剣に向き合おうとしなかった。いまさら…いまさらなんですが…本当に申し訳ないと思っています」

    今回の事件を重く受け止め、現役スタッフの1人が重い口を開く決心をした――。

    ◆リアルなはずなのに、テイク2、テイク3

    《用意したのは素敵なお家と素敵な車だけです。台本は一切ございません》

    こんな言葉から『テラハ』は始まる。台本がない中で、花さんはリングの外でも“ヒール”を自ら演じていたということなのか。

    「確かに台本はありません。でも、ストーリーはこちらで作っていました」

    そう明かすのは、『テラハ』の元スタッフだ。そもそも、週に2、3日集まって撮影をするだけで“共同生活”とは言えない状態だったという。

    「集合したら、撮影前に『どんな設定でどんな方向に恋愛を動かしていくのか』という説明を制作者から出演者に伝えます。出演者は、そのときに“今回はこの人と肩を寄せ合うんだな”“この人と本音で語り合うのか”と状況を把握するんです。デートに行く組み合わせなども制作者側の指示通りに動いてもらっていましたね」(元スタッフ)

    指示通りに撮れないときは“テイク2、テイク3”まで撮影することもあったという。

    「出演者の有名になりたいという欲とボーナスが、事件やハプニングを起こす起爆剤です。私がスタッフとしてかかわっていた頃は、キスをしたら5万円ほどのボーナスを渡していました。ただ、少し前のシーズンからはボーナスを渡さなくてもキスをするようになったし、ディレクターの指示にも素直に従うようになったので、報酬制度はなくなっています」(前出・元スタッフ)

    素直に指示に従うようになった理由には、1人の女性スタッフの存在があったようだ。元出演者の知人が語る。

    「スタッフの中に姉御的な人がいて、一時期からメンバーはその人の顔色窺いばかりしていたそうです。その人に嫌われると出演シーンが減ったり、おいしい“指示”が来なくなる。“姉御”との関係性にストレスを感じて卒業したメンバーもいると聞いてます。有名になりたくてテラハに応募する人が多いので、“姉御”がどんどん絶対的な権力を持っていったようです」(以下省略)
    ※以下の部分はソース元にてご確認ください。

    NEWS ポストセブン
    https://www.news-postseven.com/archives/20200527_1566605.html  

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    1: 風吹けば名無し 2020/04/22(水) 16:06:16.33
    NHKの桑子真帆アナウンサー(32才)が、小澤征悦(45才)と交際していることが女性セブンの取材でわかった。
    ふたりは昨年から交際をスタートさせ、4月中旬には、小澤の自宅での“お泊りデート”を楽しんでいる。

    桑子アナは2010年にNHKに入局。2015年に『ブラタモリ』のアシスタントに抜擢されると、
    タモリが「お高く止まってないし、いい子」と絶賛したことも手伝って、一躍人気アナに。

    以後、2017年から2年連続で紅白歌合戦の総合司会や2018年の平昌五輪開会式のキャスターを任されるなど、
    NHKの看板アナに成長した。現在は『NHKニュース おはよう日本』のメインキャスターを務めている。

    一方の小澤といえば、世界的指揮者・小澤征爾(84才)を父に持つセレブであり、
    その育ちの良さも多くの女性を惹きつけた所以か、芸能界でもモテ男として知られる。

    かつては杏と滝川クリステルが、彼をめぐり激しい恋のバトルを繰り広げていた。

    「最初に小澤さんと付き合ったのは杏さんでしたが、その後、滝クリさんとのデートが発覚。
    杏さんが奪還と報じられたかと思えば滝クリさんが再奪還。結局、滝クリさんとは結婚間近と目されていましたが、
    2015年に完全破局と報じられました。ただ、滝クリさんとは腐れ縁なのか、昨年の春頃まで頻繁にふたりの姿が目撃されていましたよ」(芸能関係者)

    独身を貫いてきた小澤と違い、桑子アナは結婚経験がある。2017年5月にフジテレビの谷岡慎一アナ(33才)と“局またぎ婚”を果たしたが、
    わずか1年で結婚生活にピリオドを打った。

    4月23日発売の女性セブンでは、ふたりの出会いのきっかけや“お泊りデート”、桑子アナの離婚の真相や前夫にまつわる新情報などを詳報している。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200422-00000012-pseven-ent 

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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/04/10(金) 03:24:41
    あの日から5年。不倫相手との密会だけでなく、同時にドラッグでも逮捕されるという“二重の罪”で、世間から姿を消した高知東生(たかち・のぼる55才)。
    当時は、華やかな人生が急転したかのように報じられたが、彼に言わせれば「因果応報」。これまでひた隠しにしてきた「壮絶なルーツ」を語り尽くす──。

    「生き直したい」。高知東生は現在の心境をこう口にした。

    2016年6月、高知は愛人とホテルにいるところを、覚せい剤取締法違反と大麻取締法違反の容疑で逮捕された。懲役2年、執行猶予4年。今年9月には、その執行猶予が明ける。

    新たな人生を歩むにあたり、自ら犯した過ちと向き合う日々。「言い訳にするつもりはない」と前置きした上で、「生い立ちが、薬物に溺れた要因の1つ」と振り返る。

    これまで高知は、自身の生い立ちを隠し続けていた。いや、隠さなければならなかった。自ら明かしたその過去は、壮絶だった──。

    高知は高知県高知市で幼少期を送っている。物心ついた頃から両親はおらず、祖母に育てられた。

    「祖母と叔父夫婦の家で暮らしていたのですが、家族の輪に入れてもらえなくて、誕生日ケーキや豪華な食事はおれだけ食べさせてもらえないこともあった。
    子供心ながらに、つらかったですね。祖母からは“あんたは犬と一緒に箱に入れられて、鏡川(高知市内を流れる川)に捨てられていた”と聞かされていました」(高知、以下「」内同)

    だが小学4年生のとき、突然祖母から、「あんたにとって大切なおばさんを紹介する」と切り出された。

    「あの日の光景は独特で、忘れもしません。祖母に連れられて家の外に出ると、真っ黒な車が数台並んでいた。車からスーツを着込んだ男性数人が出て来て、後部座席のドアに日傘をサッとかかげたんです。降りてきたのは、和服姿の女性でした」

    この“おばさん”は、たびたび会いに来ては、野球のグローブやスパイクなど、高知が欲しがるものを気前よく買い与えた。ほどなくして、彼女が母だと祖母から知らされ、2人で一緒に暮らすことになったという。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200409-00000009-pseven-ent

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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/04/02(木) 10:23:55.95
    「毎年3月には、出演者、スタッフも集まって、一緒に花見をしていたんです。六本木の和食の店を会場にすることが多かったかな。だからもちろん今年も参加するつもりでした。なのにこんな形でもう二度とできなくなってしまうなんて…」(番組関係者)

     あっという間だった。志村けんさん(享年70)は3月19日に発熱と呼吸困難の症状が出て、わずか3日で意識を失った。自分が新型コロナウイルスに感染したことも知らぬまま、誰一人として心の準備が整わないまま、帰らぬ人となってしまった。

     コメディアンとしてお茶の間の笑いを取ることに徹し、プライベートを深く語りたがらなかったが、ここ数年は違っていた。

     家族の知られざる歴史をひもとくドキュメンタリー『ファミリーヒストリー』(NHK・2018年5月)に出演して、自身のルーツに触れたり、『金スマ』(TBS系・2019年4月)では、師匠の故・いかりや長介さん(享年72)への思いを初告白。そして亡くなる4日前には『あいつ今何してる?』(テレビ朝日系)に出演し、過去に結婚を意識した唯一の恋人について明かした。

     さらに俳優としての仕事を避けてきたにもかかわらず、この春からNHKの朝ドラ『エール』に出演、そして松竹創立100年を記念する山田洋次監督の映画『キネマの神様』(2020年末公開予定)への主演に挑戦している最中のことだった。

     志村さんの知人が言う。

    「本人は新型コロナに感染したと知らぬまま亡くなりましたが、何か心に期するものがあったんでしょうか…。仕事だけじゃなくて、プライベートでもここ最近変わってきていたんですよね」

     一度夜の街に繰り出せば、深夜3時、4時は当たり前。2軒、3軒とキャバクラやガールズバーをハシゴしては、店員も、居合わせた客をも楽しませる。気っぷのよい支払いも有名で、志村さんの愛車、ロールスロイスが目抜き通りに止まっていれば「今日はお店にいるんだ」と道行く人がわかるほどだった。24才でザ・ドリフターズに加入してから40年以上、欠かすことなく六本木の街へ繰り出しては、車で40分はかかる三鷹市の自宅に帰る日々。「昭和のスター」を地で行く最後の人だったともいえる。

    「ただ、ここ1~2年は街に繰り出してはいたけれど、志村さんにしては節制生活を送っていました。1日2箱というヘビースモーカーだったのに禁煙して、お酒も焼酎のボトルをロックで1本すぐに空けてしまうくらいだったのに、水を飲みながらほんの数杯という具合。考えるところがあったんだと思います」(前出・志村さんの知人)

     節制に加え、岩盤浴にも通った。愛犬・ゴールデンレトリーバーと豆柴の散歩も、ともに暮らす家政婦ではなく自分で行くようになっていた。

    「飼い犬2匹を同時に散歩させるのではなく、別々に散歩。1日1万歩以上歩く日もあったみたいですよ。そうしないと、と自分に言い聞かせて運動していたようですが、体が少し引き締まるとうれしいようでお茶目に自慢することもありました」(テレビ局関係者)

    志村けんさん 「オレの子供を産んでくれ」と頼んだ女性 
    https://www.news-postseven.com/archives/20200402_1552651.html 

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